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Profileプロフィール

略 歴

1980年12月
寝屋川市にて誕生
1987年3月
明徳保育園(寝屋川市) 卒園
1993年3月
寝屋川市立三井小学校 卒業
1996年3月
寝屋川市立第十中学校 卒業
1999年3月
大阪府立四條畷高等学校 卒業
2004年3月
筑波大学体育専門学群 卒業
体育会ラグビー部、スポーツ産業学を専攻
2004年4月
大阪府立の高等学校にて保健体育科講師として勤務
(大阪府立四條畷高校、大東高校、牧野高校にて勤務)
2005年4月
スポーツマネジメントを学ぶために海外へ渡航
(オーストラリア、ニュージーランド)
2006年10月
スポーツマネジメント関連のベンチャー企業に勤務
2008年、執行役員兼マネジメント事業本部長に就任
2010年7月
会社設立
「スポーツ、健康、医療、介護、福祉、教育、IT」の分野で事業を展開
2017年10月
日本維新の会公認で衆議院選挙に出馬
64,530票をいただくも、力及ばず落選(惜敗率90.1%)
2019年4月
衆議院議員補欠選挙(大阪12区)にて、
60,341票をいただき初当選
2019年〜現在
(1期目)
国会議員団 広報局長、政調会副会長、ダイバーシティ推進局局長代行
党 新型コロナ対策本部 副本部長
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誕生日
昭和55年12月27日
血液型
A型
本籍地
大阪府寝屋川市
家族
妻、長男、次男
座右の銘
敬天愛人、着眼大局着手小局
尊敬する人
父、西郷隆盛、周瑜公瑾
スポーツ
3歳から空手道(父が師範を務める道場にて)
  • 中学 バスケットボール、空手道
  • 高校 ラグビー部に所属
  • 大学 体育会ラグビー部に所属
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幼少期

1980年(昭和55年)、藤田家の長男として大阪府寝屋川市に誕生。
父の影響で3歳から空手道をはじめ、礼儀には厳しく育てられました。毎週の稽古は厳しすぎて初めは少し嫌でしたが、武道を通じて強く逞しく育ててくれた両親に感謝しています。

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中学時代

1987年、寝屋川市立第十中学に入学。
スポーツが大好きで、空手だけでは体力を持て余していたときに、担任の先生の勧めでバスケットボール部に入部しました。勉強はほどほどに、、、。体育の授業が大好きでした!

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高校時代

1996年、大阪府立四條畷高校へ入学。
中学時代の先輩の誘いで、過去に全国大会9回出場の古豪ラグビー部に入部。畷高ラグビー部のモットーは「炎のタックル」。どんな強い相手でも逃げることなく真っ向から立ち向かう魂が受け継がれており、厳しい練習を通じて精神的にも肉体的にも強くなりました。ラグビーに熱中しすぎたこともあり、学校の成績の方は、あまり良くありませんでした。。。(笑)

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大学時代

一浪の末、2000年に筑波大学体育専門学群に入学。スポーツの分野では日本一ということもあり、全国から集まるトップレベルの選手や意識の高い仲間に恵まれて刺激的な学生生活を送らせていただきました。自由な学風と初めての一人暮らしで「自立心」が自然と身についたと思います。

大学の4年間は体育会ラグビー部に入部し、練習に明け暮れる毎日でした。自分自身は怪我が多く選手としては大成できませんでしたが、4年生で主務を任され約80名の組織をまとめるリーダー経験をしたことは今でも大きな財産となっています。

大学時代に厳しかった父から初めて手紙をいただきました。父からの手紙がきっかけで自分が生まれた国や故郷に対して何ができるかを考え、政治家への道を意識し始めるようになりました。

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教職時代、留学時代

大学卒業後は地元大阪に戻り、母校四條畷高校、大東高校(現:緑風冠高校)、牧野高校で保健体育科の非常勤講師として勤務しました。母校である畷高ラグビー部のコーチも担当させていただき、後輩たちと毎日汗を流したことは何事にも代え難い経験となっています。

授業がない空いた時間にはアルバイトと勉強を行い、留学資金を貯めて、ラグビーの本場オーストラリアとニュージーランドでスポーツマネジメントを学びました。
父の病気もあって急遽卒業前に帰国することになりましたが、海外で学んだことで将来は母国に貢献したいという他国からの意識の高い留学生との出会い、日本を外から眺められたことは自分の志を大きくしました。

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ベンチャー企業を経て、
独立起業

帰国後、大阪のベンチャー企業に就職をしました。誰よりも多くの仕事量を、誰よりも質が高くこなすことを意識して一心不乱に働いた20代です。熱意と負けん気だけが取り柄の何も持たない20代の自分を当時の社長が引き上げてくれ、執行役員として経営全般に関わらせてもらうことができました。2008年のリーマンショックで自社の経営危機に直面したこと、取引先の倒産などを目の当たりにし、雇用を守ることの厳しさを痛感したことや、危機の時に多くの方々に支えてもらったことなどは、今でも忘れられない経験となっています。ビジネスマンとしての基礎はすべてここで学んだと言っても過言ではありません。

その後独立起業して、スポーツジム、鍼灸整骨院、介護施設、障がい児童の療育施設、地域振興事業、IT事業などを通じ、地域密着型事業モデルの構築をミッションとした経営を展開しました。従業員と一緒になって汗をかく現場重視の姿勢を大切に、一歩一歩ではありますが社会に貢献できる会社を目指して、「すべての基は人である」という考え方を柱に経営を行いました。

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政治家として

2012年に維新政治塾第1期生として学び、2016年12月、日本維新の会衆議院大阪府第12選挙区支部長に就任しました。2017年10月、日本維新の会公認にて衆議院議員総選挙に出馬しましたが、力及ばず落選(64,530票、惜敗率90.1%)となり涙をのみました。

その後も諦めることなく、地道に政治活動を続け、2019年4月に実施された衆議院議員補欠選挙(大阪12区)にて60,341票をいただき初当選を果たしました。
当選後、2日後に初登院し、16日目には委員会質疑、19日目には衆議院本会議に異例の早さで登壇するなど、活躍の機会を沢山いただきました。

1期目は厚生労働委員会、地方創生特別委員会、文部科学委員会、農林水産委員会、予算委員会に所属。1年生議員ではありますが、2020年には全衆議院議員中、質疑登壇回数3位となっております。
現在は、日本維新の会国会議員団広報局長、政調会副会長、ダイバーシティ推進局局長代行、新型コロナ対策本部副本部長を務めております。

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